年金積立金の運用は数十年という長期的な視点で評価されるべきものですが、四半期ごとの運用実績を把握することは、年金財政の「現在地」を理解するための重要な第一歩です。短期的な市場の変動は避けられませんが、最新の数値を分析することで、長期的なトレンドの中での位置づけや、ポートフォリオが市場環境にどう反応したかを確認することができます。
2025年度第2四半期における主要な運用実績は以下の通りです。
特筆すべきは、当四半期の収益+14兆4,477億円のうち、安定的な利子・配当収入(インカムゲイン)が+1兆611億円であったのに対し、残る+13兆3,866億円は市場価格の上昇による評価益(キャピタルゲイン)であったという点です。これは、当四半期の収益の実に92%以上が、市場の価格変動によってもたらされたことを意味します。この内訳は、好調な市場環境を最大限に活用できたことを示すと同時に、年金運用がいかに市場動向と密接に連動しているかを浮き彫りにしています。
この好調な結果が、具体的にどの資産によってもたらされたのかを、次に詳しく見ていきましょう。
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GPIFの運用戦略の根幹をなすのが「分散投資」です。特定の資産に資金を集中させるのではなく、値動きの異なる複数の資産(資産クラス)に分けて投資することで、ポートフォリオ全体のリスクを抑制し、安定的な収益機会の最大化を目指します。各資産クラスの動向を個別に分析することは、この分散投資戦略が機能しているかを確認する上で不可欠です。
2025年度第2四半期における資産クラス別の収益率は、以下の通りです。
| 資産クラス | 2025年度第2四半期 収益率(%) | パフォーマンスの概観 |
|---|---|---|
| 国内株式 | +11.02% | 当四半期の収益を最も力強く牽引 |
| 外国株式 | +9.75% | 国内株式に次ぐ高いリターンを記録 |
| 外国債券 | +2.96% | 安定的にプラスの収益に貢献 |
| 国内債券 | -1.36% | 唯一マイナスのリターンとなった |
このデータが明らかにするのは、当四半期の極めて良好なパフォーマンスが、主に国内外の「株式」によって牽引されたという事実です。一方で、唯一マイナスのリターンとなった「国内債券」の不調は、分散投資の重要性を示す好例と言えます。このマイナスリターンは、公表資料に示された市場環境と直接的に符合します。同資料によれば、日本の10年国債利回りは当四半期中に1.43%(6月末)から1.65%(9月末)へと上昇しました。金利が上昇すれば、既存の債券価格は下落するという金融の基本原則が、この結果に明確に表れています。ある資産が不調でも他の資産が補う、この構造こそがポートフォリオ全体の安定性を担保しているのです。 短期的な好成績も重要ですが、年金運用で最も重視されるべきは長期的な視点です。次に、市場運用開始以来の実績を確認してみましょう。
年金積立金の運用において、短期的な市場の変動に一喜一憂することは禁物です。年金財政は、数十年から時には百年単位の極めて長い時間軸でその持続可能性を考えるべきものであり、その財源となる積立金の運用実績も、同様の長期的スパンで評価する必要があります。四半期ごとの浮き沈みではなく、長年にわたる収益の積み重ねこそが、年金制度の安定に真に貢献するのです。
2001年の市場運用開始から2025年度第2四半期末までの累積収益は、以下の通り着実な成果を上げています。
ここで特に注目すべきは、累積収益額+180兆円のうち、利子・配当収入であるインカムゲインが+58兆6,928億円に達しているという事実です。これは総収益の約3分の1を占め、市場の価格変動に直接左右されることなく、長期にわたって安定的に積み上がるキャッシュフローです。このインカムゲインこそが、市場の嵐の中でも着実に収益を生み出し続ける「ポートフォリオの全天候型エンジン」であり、避けられない市場の価格変動に対する強力な緩衝材として機能し、年金財政の強固な基盤を形成しています。
このような長期的な実績を支えているGPIFの基本的な投資戦略、すなわちポートフォリオの構成について、次に解説します。
GPIFの運用哲学の中核には、「基本ポートフォリオ」という概念があります。これは、長期的な観点から最も効率的にリターンを得られると期待される資産の組み合わせをあらかじめ定め、その比率を維持することを目指すものです。特定の資産に偏ることなく、リスク特性の異なる国内外の債券と株式に概ね均等に分散させることで、長期的に安定したリターンを追求しています。
2025年9月末時点の資産構成割合は、この基本ポートフォリオの方針に沿って厳格に管理されています。
実績値と目標値を比較すると、例えば国内債券の構成割合26.29%は、目標値25%に対して定められた乖離許容幅(±6%)の中に十分に収まっています。他の資産クラスも同様に、厳格なルールの範囲内で管理されています。市場価格の変動によって構成割合は日々動きますが、GPIFは定期的な資産の売買(リバランス)を通じて、この規律を維持します。これは、短期的な市場の過熱や悲観に流されることなく、ルールに基づいた運用を徹底していることの力強い証左です。
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これまでの分析を総括すると、2025年度第2四半期のGPIFの運用は、国内外の株式市場の好調を追い風に素晴らしい成果を上げました。さらに重要なことは、短期的な好不調にかかわらず、2001年の市場運用開始以来、年平均で+4.5%を超えるリターンを達成し、累計で180兆円もの収益を着実に積み上げ、私たちの年金財政に大きく貢献しているという事実です。
社会保険労務士の皆様がこの結果を実務に活かす上で、押さえるべきコミュニケーション戦略を3点にまとめます。
今後も金融市場は様々な要因で変動を続けるでしょう。しかし、年金制度の専門家として、その財政の根幹を支えるGPIFの運用状況を継続的に注視し、その意味を的確に理解していくことが、これまで以上に重要になっていくと思われます。