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賃金不払いが疑われる事業場に対する
労働基準監督署の監督指導結果から見る賃金不払いの実態

厚生労働省は、令和6年に賃金不払が疑われる事業場に対して労働基準監督署が実施した監督指導の結果を取りまとめ、公表しました。賃金は労働者にとって生活の基盤であり、その適正な支払いは企業の基本的な責務です。労働基準監督署による監督指導は、この適正な賃金支払いを確保するために重要な役割を担っています。

本記事では、公表された監督指導のデータや具体的な事例を通じて、賃金不払いの実態と、企業が講じるべき具体的な対策について解説します。社労士の皆様が顧問先への指導に活かせる情報を提供します。

監督指導結果のポイント

1.令和6年に全国の労働基準監督署で取り扱った賃金不払事案の件数、対象労働者数及び金額は以下のとおりです。(※1,2)

件数 22,354 件(前年比 1,005件増)
対象労働者数 185,197 人(同 3,294人増)
金額 172億1,113万円(同 70億1,760万円減)

2.労働基準監督署が取り扱った賃金不払事案(上記1)のうち、令和6年中に、労働基準監督署の指導により使用者が賃金を支払い、解決されたものの状況は以下のとおりです。(※3)

件数 21,495 件(96.2%)
対象労働者数 181,177 人(97.8%)
金額 162億732万円 (94.2%)
※1 令和6年中に解決せず、事案が翌年に繰り越しになったものも含まれます。
※2 倒産、事業主の行方不明により賃金が支払われなかったものも含まれます。
※3 不払賃金額の一部のみを支払ったものも含まれます。

労働基準監督署による指導の主要事例

実際の監督指導事例から、企業が陥りやすい賃金不払いのパターンとその是正指導内容を見ていきましょう。

1. 割増賃金の不払い(計算間違い・労働時間把握の不備)

  • 割増賃金の基礎となる賃金の算入誤り
    ある社会福祉施設では、職能手当などの割増賃金の基礎として算入すべき賃金を除外して割増賃金を計算していた実態が認められました。労働基準法では、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、1か月を超える期間ごとに支払われる賃金の7種類のみが割増賃金の基礎に算入しない賃金とされており、これらに該当しない場合は全て算入する必要があります。
  • 法定時間外労働に対する不払い
    1週間40時間を超える時間外労働に対する割増賃金が支払われていなかったケースも確認されています。
  • 自己申告制の不適切運用
    タイムカードで出退勤時刻を把握しているにもかかわらず、時間外労働に対する割増賃金(残業代)が労働者の自己申告制に基づいて支払われ、タイムカードの記録と比べて自己申告された時間外労働時間が大幅に少ない(最大2時間)労働者が複数認められた事例があります。労働基準監督署は、過去に遡って各労働者から事実関係の聞き取りを行うなどの実態調査を実施し、不足分の割増賃金を支払うよう指導しました。
  • 「労働時間」の認識不足による不払い
    倉庫業の事例では、使用者の指示により始業前に清掃作業が行われていたにもかかわらず、その分の賃金が支払われていなかったことが判明しました。また、当該清掃作業後にICカードを打刻しており、清掃時間が労働時間として記録されていませんでした。 労働時間とは「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指し、使用者の明示または黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たります。たとえば、使用者の指示により、就業を命じられた業務に必要な準備行為(着用を義務付けられた所定の服装への着替え等)や、業務終了後の業務に関連した後始末(清掃等)を事業場内において行った時間は労働時間に該当します。監督署は、清掃時間を含めて正確な始業・終業時刻を記録するよう指導しています。

2. 定期賃金の不払い

複数の労働者から定期賃金が未払いであるとの相談を受け、労働基準監督署が立入調査を実施したところ、定期賃金の全額が所定支払日に支払われていないことが判明した事例があります。是正勧告後も是正が図られなかったため、捜査に着手され、労働者60名に対し2か月間で合計約2,550万円の定期賃金を支払わなかった疑いで、事業場(法人)および事業主が書類送検されました。これは労働基準法第24条違反(定期賃金不払)および最低賃金法第4条第1項違反(最低賃金を下回る支払)に該当する可能性があります。

3. 虚偽報告による不払い

時間外労働に対する割増賃金が支払われないとの相談を受け、是正勧告が出されたにもかかわらず、その後、当該割増賃金を一切支払っていないのに「支払った」と虚偽の報告を行った企業も存在します。このケースでは捜査が開始され、労働者9名に対する約50万円の割増賃金不払いの疑いなどで、事業者が書類送検されています。

4. 賃金不払いが特に多く発生している産業や業種

賃金不払いの件数では、主に以下の業種が多い傾向にあります。

商業 4,494件(全体の20%)
製造業 4,297件(全体の19%)
保健衛生業 3,416件(全体の15%)
接客娯楽業 2,832件(全体の13%)
建設業 2,213件(全体の10%)

賃金不払いの対象労働者数では、以下の業種が上位を占めています。

製造業 46,120人(全体の25%)
保健衛生業 44,585人(全体の24%)
商業 24,206人(全体の13%)
教育・研究業 13,321人(全体の7%)
建設業 10,665人(全体の6%)
運輸交通業 10,301人(全体の6%)

賃金不払いの金額では、特定の業種が突出して多くなっています。

運輸交通業 70.2億円(全体の41%)
保健衛生業 運輸交通業に次いで高額
製造業 18.6億円(全体の11%)
商業 13.9億円(全体の8%)
建設業 9.2億円(全体の5%)
教育・研究業 9.2億円(全体の5%)

これらの事例から、多くの企業で労働時間管理や割増賃金計算に課題があることが浮き彫りになります。労働基準監督署の指導を受け、書類送検に至るケースもあることから、社労士の皆様は、顧問先に対し、これらの法的リスクを未然に防ぐための専門的なアドバイスを提供することが期待されます。具体的には、就業規則の見直し、労働時間管理システムの導入支援、従業員への労働時間に関する教育、賃金計算のチェック体制の構築などを通じて、企業の適正な労務管理を支援することが重要です。

参考リンク