トップ 【令和7年改正】通勤手当の非課税限度額引上げに関する実務解説

【令和7年改正】 通勤手当の非課税限度額引上げに関する実務解説
通勤手当の非課税限度額改正を5分でキャッチアップ

令和7年11月の所得税法施行令改正により、自動車等の交通用具で通勤する従業員へ支給する通勤手当の非課税限度額が引き上げられました。 この変更は、従業員の手取り額に直結するだけでなく、企業の給与計算、特に年末調整の実務に大きな影響を及ぼします。 本稿は、社会保険労務士の皆様が顧問先企業に対して的確な指導を行うことを目的に、今回の改正の要点、適用時期の判断における注意点、そして実務上最も重要となる年末調整での具体的な精算手続きについて、分かりやすく解説します。

1. 改正の概要(何が変わったか)

◆対象

自動車・自転車など「交通用具」を使用して通勤する従業員への通勤手当(距離区分による定額制)

◆改正内容(非課税限度額の比較)

交通用具(自動車・自転車など)を使用 改正後
(令和7年4月1日以後適用)
改正前
通勤距離が片道 55km以上 38,700円 31,600円
通勤距離が片道 45km以上 55km未満 32,300円 28,000円
通勤距離が片道 35km以上 45km未満 25,900円 24,400円
通勤距離が片道 25km以上 35km未満 19,700円 18,700円
通勤距離が片道 15km以上 25km未満 13,500円 12,900円
通勤距離が片道 10km以上 15km未満 7,300円 7,100円
通勤距離が片道 2km以上 10km未満 4,200円 (変更なし)
通勤距離が片道 2km未満 (全額課税) (変更なし)


◆今回の改正で変更されなかった点

顧問先への説明において混乱を避けるため、以下の点は変更がないことを明確に伝えることが重要です。

  • 交通機関(電車やバスなど)のみを利用している場合の非課税限度額(最高150,000円)に変更はありません。
  • 通勤距離が片道2km未満の場合、従来通り全額が課税対象となる点に変更はありません。

2. いつから適用されるのか

◆最重要ポイント:新しい非課税限度額はいつから適用されるか?

・ 適用時期の判断が実務の鍵

今回の改正内容を理解しても、その適用時期を誤ると、源泉徴収額の誤りや年末調整のやり直しに繋がりかねません。特に、年の途中で法改正が施行されたため、判断が複雑になっています。顧問先へ指導する上で、最も注意を要するポイントです。

・ 適用対象の絶対的な原則

改正後の新しい非課税限度額が適用されるのは、「令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当」です。ここで絶対に間違えてはならないのは、基準となるのが給与の対象期間(例:3月分給与)ではなく、その給与が支払われた「支給日」であるという点です。

この「支払われるべき」とは、契約や給与規程に基づき支払義務が確定する日を指します。そのため、後述のケーススタディで示す通り、本来3月中に支払われるべき手当の支給が遅れて4月以降になったとしても、改正後の限度額は適用されません。契約や給与規程で支給日が定められている場合はその支給日が、定められていない場合は実際に支給を受けた日が、令和7年4月1日以降であるかどうかが判断基準となります。

3. よくあるケース別判断(Q&Aより)

国税庁のQ&Aを基に、具体的なケースで適用可否を見ていきましょう。

◆適用されるケースの例

  • ケース1
    3月分の通勤手当を、給与規程に基づき4月10日に支給した場合。
    【解説】 支給日が4月1日以降であるため、「令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当」に該当します。したがって、改正後の新限度額が適用されます。(Q4より)
  • ケース2
    4月1日に遡って通勤手当を増額する規程改訂を行い、4月10日に支払った通勤手当との差額を12月25日に支給した場合。
    【解説】 差額分の支給日が4月1日以降であり、かつ、元となる通勤手当(4月10日支給分)も適用対象であるため、この差額分にも改正後の新限度額が適用されます。(Q6より)

◆適用されないケースの例

  • ケース1
    4月分の通勤手当を、給与規程に基づき3月10日に支給した場合。
    【解説】 支給日が3月31日以前であるため、「令和7年4月1日以後に支払われるべき通勤手当」に該当しません。したがって、このケースでは改正前の旧限度額を適用して課税計算を行う必要があります。(Q5より)
  • ケース2
    本来3月10日に支払うべき2月分の未払い通勤手当を、遅れて4月10日に支払った場合。
    【解説】 実際に支払った日が4月以降であっても、本来支払われるべき日(本来の支給日)が3月10日であるため、適用対象外となります。したがって、改正前の旧限度額を適用しなければなりません。(Q8より)
  • ケース3
    3月10日に支給した4月分の通勤手当について、規程改訂により生じた差額を12月25日に支給した場合。
    【解説】差額の支給日は12月25日ですが、その差額の元となった通勤手当は「3月10日支給分(=令和7年4月1日前に支払われるべき通勤手当)」です。したがって、この差額分も改正前の旧限度額が適用されます。(Q7より)

4. 年末調整での実務対応

◆年末調整における精算ステップ

  1. 対象者の特定と差額計算
    まず、令和7年4月1日以降の支給給与において、改正前の非課税限度額を超えて課税対象として通勤手当を支給されていた従業員をリストアップします。次に、その従業員ごとに、4月以降に支払われた各月の通勤手当について、改正後の非課税限度額を適用した場合に新たに非課税となる金額を計算し、その年間の合計額を算出します。
  2. 源泉徴収簿への反映
    上記1で算出した「新たに非課税となった金額の合計額」を、源泉徴収簿の「給料・手当等」欄の「総支給金額」の合計(計①)から差し引き、その結果を「年末調整」欄の「給料・手当等①」に転記します。これにより、年間の課税対象給与総額が正しく再計算されます。
  3. 年調年税額の算出
    ステップ2で修正された後の課税対象給与総額を基にして、通常の手順に従い所得税額を計算し、最終的な年調年税額(還付額または徴収額)を算出します。

◆特に注意すべき実務上のポイント

  • 精算が不要なケース
    そもそも支給している通勤手当が、改正前の非課税限度額の範囲内であった従業員については、今回の改正による影響を受けません。したがって、年末調整で特別な精算手続きを行う必要はありません。(出典:国税庁リーフレット「通勤手当の非課税限度額の引上げについて」)
  • 源泉徴収簿への記載の省略
    使用している給与計算ソフトが今回の改正に対応しており、上記の手順に沿って正しく年調年税額を算出できる場合は、源泉徴収簿の余白への計算根拠等の手書き記載は省略しても差し支えありません。(Q11より)

特殊ケースへの対応:中途退職者などへの実務

◆対応漏れに要注意

年末調整の対象とならない従業員への対応は、多忙な年末業務の中で見落とされがちです。社労士としては、顧問先がこれらの対応を漏らさず行えるよう、特に注意を払って指導する必要があります。こうした特殊ケースを事前に洗い出し、能動的に管理することは、将来の税務調査等のリスクを未然に防ぎ、顧問先からの信頼を確固たるものにします。

◆ケース別の対応方法

  • 中途退職者への対応
    • 課題: 年の途中で退職した従業員は、企業での年末調整の対象外となります。
    • 対応: 既に交付した源泉徴収票に記載された「支払金額」が、改正前の限度額で計算されている場合、これを訂正する必要があります。改正後の限度額で再計算した正しい「支払金額」を記載し、「摘要」欄に「再交付」と明記した源泉徴収票を再発行し、本人に交付してください。(Q16より)
    • 補足指導: 顧問先には、再交付した源泉徴収票を用いて、退職者本人が確定申告を行うことで税金の還付を受けられる旨を補足説明するように指導することが望ましいです。
  • 年の中途で死亡した従業員・海外転勤した従業員への対応
    • 課題: 死亡時や出国時に年末調整が完了していますが、その計算は改正前の基準で行われています。
    • 対応: 改正前の限度額を超えて課税処理していた場合は、たとえ年末調整が完了していても、改正後の限度額に基づいて年末調整を再計算する必要があります。(Q13, Q14より)
  • 源泉徴収票の記載に関する一般原則
    • 原則: 今回の改正に限らず、給与所得の源泉徴収票の「支払金額」欄には、非課税とされる通勤手当(全額)を除いた金額を記載するという基本原則を再確認してください。(Q15より)

5. 実務で押さえるべきポイント(まとめ)

  • 支給日ベースで改正後限度額の適用可否が決まる
  • 4月1日以後に支払われるべき手当が対象
  • マイカー通勤者は増額幅が大きく、影響が出やすい
  • 支給済み手当の再計算は 年末調整で精算
  • 加算支給や規程改訂の時期により、 改正前後どちらの限度額を適用すべきかが変わる

参考リンク